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前橋地方裁判所 昭和36年(わ)315号 判決

(2)昭和三六年(わ)第三一五号

判決

被告人

村上良平

右の者に対する業務上過失致死、道路交通法違反被告事件について、当裁判所は検察官石川弘出席のうえ、審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を禁錮一〇月に処する。

理由

(被告人の業務および本件犯行に至る迄の経過)

被告人は「村上組」と称する鳶職の組頭として、人夫六名位を使用し、建築工事の現場作業の請負を業とするものであるが、右の事業を遂行する目的等のために、昭和三四年三月頃から自動三輪車を購入し、運転手安田元治にその運転をさせていたのであるが、昭和三六年八月頃から被告人自身も亦その運転方法を習得しようとしてしばしば自己所有の自動三輪車(群六せ三三五一号、ダイハツ普通型)を運転し、もつて、自動車の運転業務にも従事していたのであるが、同年一一月二三日午後三時頃から同五時頃まで伊勢崎市茂町四六〇七番地福田勝次方において近隣の秋葉神社の祭礼のため奉納相撲を見物しながら、同人等と共に清酒二升を飲み、右清酒のうち約八合位は被告人が飲用し、その後更に同市同町四六七七番地酒類販売業高橋しも方において清酒約一合を飲用したうえ、同日午後五時四〇分頃一旦肩書自宅に帰つたのであるが、当日午後六時頃から同市西町所在の大師堂において鳶職組合の会議が開催される予定であることを思い出し、この会議に出席しようと思い、前記自動三輪車に乗り被告人の自宅を出発したものである。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、前記のように飲酒した直後であつたから、車の進行動揺等につれて漸次酒に酔い、アルコールの影響により右自動三輪車の正常な運転ができないおそれがある状態にあつたのに拘らず、同夜午後六時過頃、肩書自宅から前記自動三輪車に乗つてこれを運転し、同市八坂町交番手前附近に通ずる県道を通り、同市住吉町四四番地先を経由し同市宮本町五一番地附近の道路上まで全走行距離約三六〇〇メーターを走行し、

第二、右運転走行中、同市八坂町交番附近より左折し、同日午後六時五分頃同市住吉町四四番地先県道上(境深谷線が同市幸町に通ずる道路と交叉点附近、通称伊勢崎市南銀座通り)に接近して行つたのであるが、同所は道路が約一三五度の角度で左折しており、屈折点の手前においては前方の見透しが充分出来ず、また同地点は人車の往来が相当頻繁な箇所であるからかかる地点を通過する際は、自動車運転者としては細心の注意を払い、運転中たえず前方を注視し、不測の事態に対してもただちに応変の措置をとりうるようあらかじめ警音器を吹鳴するのはもとより、速度を低減して減速徐行し、何時でも停車出来るような配慮し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに拘らず、これを怠たり、時速約四〇キロメーター前後の速度で漫然進行を継続しため、折柄同県道上を対向して自転車に乗つて来進する高山峰二(当時六二才)の発見が遅れたこと等の過失によつて同人が被告人の運転する自動三輪車の直前に近接するまで同人に気付かず、直前に至つてこれに気付き急拠制動の措置をとろうとしたのであるが時既におそく周章狼狽したこと等のためブレーキペタルを正確に踏むことが出来ず又避譲の措置もなしえないまま被告人の前記自動車の車体の前部を右高山の自転車の前輪等に激突させて、同人を自転車諸共跳ね飛ばして路上に転倒させ、よつて即時その場において同人を脳挫傷によつて即死させ、

第三、右日時場所において右判示第二、記載のような交通事故を惹起したのであるから、直ちに自動車の運転を停止して負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならないのに拘らずこれらの措置を講じないまま同所を走過して、逃走し、

第四、右判示第一に記載したとおり、公安委員会の運転免許を受けないで、右判示第一記載の日時場所において右記載の自動三輪車を運転し、もつて無免許運転をし

たものである。

(情状)

本件事故の際被告人の運転していた前記自動車については自動車については自動車損害賠償保障法にもとずく自動車損害賠償責任保険契約が本件発生五日前に失効していたため損害保険金の給付を受けることができない。

また事故発生後昭和三七年二月一五日被告人と被害者との間に示談書が交換せられ被告人から被害者の遺族に対し金三〇〇、〇〇〇円を支払うこととし、その内金二五〇、〇〇〇円は即日支払われている。

なお被告人は(一)昭和三四年一一月九日伊勢崎簡易裁判所で道路交通取締法違反によつて罰金二〇〇〇円に、(二)同三五年九月二一日同簡易裁判所で同法違反によつて罰金一、〇〇〇円に、各処せられている。

(証拠の標目)《省略》

(刑事訴訟法第三三五条第二項の主張に対する判断)

弁護人は被告人が本件犯行当時、飲酒酩酊していたため心神喪失乃至心神耗弱の状態にあつた旨を主張しているのでこの点について判断する。

前掲各証拠を綜合するに、本件犯行当日被告人は前記のように約九合前後の清酒を飲用しており、その直後判示のように自動三輪車を運転したのであつて相当程度酒に酔つていたことは推測出来るのであるがその状態が心神喪失乃至心神耗弱の程度に至つていたものとなしうるかいなかについて考察すると、本件犯行当時被告人は判示自動三輪車を運転操縦し、被告人の自宅から伊勢崎市八坂町を通り同市住吉町四四番地を経由し同市宮本町五一番地の須田和江方附近に至つており、酒の酔いのために注意力等が不正確、不安定となつていたとはいえ、右径路は相当屈接多く左折又は右折を幾度か経過した後に到達しうる道程であること、また被告人自身が判示第二に記載した事故の発生をその際、認識しており、事故後須田和江方に到着し、同女に対し右事故のことを告知している等、本件各般の状況から見るに、被告人は右各犯行当時、刑法上、心神喪失乃至心神耗弱の状況に在つたものとは解せられない。それ故、弁護人の右の主張はいずれも、これを採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の酒酔い運転の所為は道路交通法第六五条、第一一八条第一項第二号(情状によつて所定刑中懲役刑選択)に、判示第二の業務上過失致死の所為は刑法第二一一条前段(情状によつて所定刑中禁錮刑選択)に、判示第三の轢逃げの所為は道路交通法第七二条第一項前段、第一一七条(情状によつて所定刑中懲役刑選択)に、判示第四の無免許運転の所為は道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号(情状によつて所定刑中懲役刑選択)に、それぞれ該当する。

しかして右各所為のうち、判示第一の酒酔い運転の所為と判示第二の業務上過失致死の所為との関係について、本件立会検察官は当裁判所に対する釈明において、一個の行為にして二個の罪名に触れる所謂一所為数法(観念的競合)の場合であるとしているのであるが、酒に酔つた上で自動車を運転する行為と自動車運転者としての注意義務を懈怠した過失によつて他人に死傷の結果を発生させる行為とは一個の行為ではない。酒酔い運転という行為は、酒に酔つた状態のもとに、一定の場所から自動車を運転操縦し、他の一定の時期に一定の場所まで進行移動する行為にすぎない。しかしてその途中の時と所とにおいて特定の過失により他人に死傷の結果を発生せしめた場合に成立する業務上過失致死傷の行為は右の酒酔い運転の行為とは法律上別個の犯罪である。このことは、両行為を時間と空間との二つの観点から比較すると一層分明に理解出来ると思料する、すなわち、酒酔い運転の行為が比較的長い時間にわたり継続し、又、空間的にも距離のある地域にわたり行なわれ、その行為が継続状態を帯有するのに反し過失致死傷犯は即時に発生し瞬間的に完了するものであり、前者を継続犯的と言いうるなら後者は即成犯的と言いうる。

しかして本件の場合についてみても、被告人は飲酒後自宅から判示自動三輪車を運転して出発し、自動車の進行に伴いその動揺等のため漸次に酔いが身体に廻つてきつつある状態のもとに走行を続け、自宅より約三一〇〇メーターをへだてる判示地点において過失致死(被害者は即死)の犯行を惹起し、そのまま停車もせず更に運転走行を継続して右事故現場より約五〇〇メーターをへだてた愛人宅に到達している点からみれば運転行為は過失致死の前後にまたがり存在し、その後も運転行為は未だ完了しないといいうる部分が存在する、しかるに致死傷の犯行は被害者の死亡乃至致傷により完了するのである。これによつてみても、右両個の行為は別罪と解すべきものと考える。それ故検察官の観念的競合という見解には賛し難い。

よつて右両個の所為は刑法第四五条前段の併合罪と解する。

しかして、本件の判示第一乃至第四の各所為も亦、右の刑法第四五条前段の併合罪と解せられるので同法第四七条本文同但書第一〇条によつてそのうち最も重い判示第二の業務上過失致死の罪の刑に併合罪の加重をした刑期の範囲で被告人を禁錮一〇月に処する。

以上によつて主文のように判決する。

昭和三七年二月二八日

前橋地方裁判所刑事部

裁判官 藤本孝夫

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